2008年11月04日
高槻の京町屋
高槻の京町屋
高槻の京町屋
先日、会長恒例・・・古民家学習ツアーがあり、
参加してまいりました。

会長が、「この京町屋からは学ぶモノがたくさんある

是非、見ておくべきだ
」という事で・・・私を含め、古民家族の武庫川女子大学の学生と、陶芸家のOKKO先生、会長、
戸田さんの総勢10名で参加して、見てまいりました。

今回の物件は・・・・・
高槻市安満にある古民家で、もともとは京都にあった京町屋を
移築したものでした。

オーナー様のご厚意で、中を見せていただける事になりました。
この京町屋は、西国街道沿いに面しており、その名残が色濃く残っていました。
また、この地区は西国街道という事で、昔は自宅で商売をしたいた人が多く、
オーナー様のお宅も御商売(仕出し屋さん)をされていたそうです。

京町屋での仕出し屋さん・・・当時はさぞかし、粋なお店だった窺えます

そんな時代背景を頭におきながら・・・・古民家を拝見させていただきました。
まずは、第一弾この写真から・・・。
この扉は『舞良戸の原型』です!『舞良戸』とは、京町屋では玄関の引き違い戸や廊下の仕切り、縁側などによく用いられ
框に板をはめ込み、舞良子と呼ばれる細い桟を横に取り付けた板戸を言います。
ところが!この写真をよく見てください

本来の『舞良戸』は、縦に板をはめ込み、横に桟を取り付けるのに対して、
この写真の『舞良戸』は框に板が横にはめ込んで、桟が縦に取り付けてあります。
また、写真では見にくいのですが、チョウツカイも肘坪(ひじつぼ)形式と言って
鍛冶屋が叩いた部材を使っているなど、かなり古い様式である事が窺えます。

まさに・・・この『舞良戸』は・・・『舞良戸の原型』・・・高麗様式の桟唐戸であると思われます。
日本に伝わってきたのが、7世紀ぐらい・・・遣唐使、遣隋使の時代でございます。

ちなみに・・・またまた余談ですが、もともとこの
高麗様式の桟唐戸は、朝鮮半島で定着した様式で、
他にも、朝鮮半島から伝わってきたものも多くあるんですよ

と・・・話を戻しまして・・・
会長も書見では見たことがあったそうなのですが・・・・
実際に目にしたのは初めてだったそうです

もちろん・・・そんな古い建具にお会いできて・・・・私もとっても感動
いたしました。普通、古民家での建具は消耗品として、扱われてきたので
なかなかこういった原型の建具はお目にかかれないのですが・・・・
今回、このようにお目にかかれた事は奇跡に近い!!!とみんな大興奮でした

このように、第一弾から一人盛り上がってしまっていてお恥ずかしいのですが・・・
また次は第2弾をお送りします

Posted by yuna at 14:52│Comments(0)│TrackBack(0)
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